「喜びも、悲しみも、すべて神の御手の中」詩編31編16節 ローズンゲン日々の聖句

「喜びも、悲しみも、すべて神の御手の中」

2026.4.13 伝道師 青木宗達

旧約聖書 詩編 31章16節
私の時は御手にあります。
(協会共同訳)

 わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

 こんばんは。
今日という一日を終え、静かな夜のひとときを過ごされているみなさんへ。
今晩も、神様からのメッセージをお届けします。

 今日の聖書の言葉は、激しい苦しみの中でダビデが祈った「嘆きと感謝の祈り」です。
この詩を書いた時、ダビデは敵に囲まれ、まるで「壊れた器」のように人々から見捨てられ、深い悲しみと絶望の中にいました。
しかし彼は、その暗闇の中でただうつむくのではなく、自分の抱える苦難から目を上げ、まっすぐに神様の方へと心を向けました。

 わたしたちの毎日の歩みの中でも、嬉しいことや喜ばしいことばかりではなく、思い通りにいかない焦りや、悲しみ、不安に胸が押しつぶされそうになる夜があるかもしれません。
「なぜ、今こんなことが起きるのだ!?」
そんな嘆きがあることでしょう。

しかし、聖書の「コヘレトの言葉~伝道者の書」3章1節には、こうあります。
 「天の下では、すべてに時機があり、すべての出来事に時がある」

わたしたちの人生のあらゆるタイミングは、すべて神様の温かい愛の計画の中に包み込まれています。
喜びの時も、悲しみの時も、わたしたちのすべての時間は神様の御手の中にあるのです。

 この詩編の6節には「私の霊を御手に委ねます」という有名な祈りがあります。
実はこの言葉、イエス様が十字架の上で息を引き取る間際に叫ばれた言葉です。
また、初代教会の殉教者ステファノも、死の直前に同じ祈りを捧げました。
これは、決して絶望して投げやりになっているのではありません。
「私を心から愛してくださる天のお父様、あなたに私のすべてをお任せします」という、究極の信頼の姿なのです。

 今夜、眠りにつく前に、わたしたちが今日抱えたいろいろな思い、不安や悲しみ、あるいは喜びも、今宵すべて神様の御手にそっと委ねてみたいと思います。
十字架でご自身のすべてを委ね、復活によって私たちへの尽きない愛と希望の光となってくださったイエス様が、今、わたしたちのことをその御手で優しく、しっかりと握りしめていてくださいます。
この確かな温もりに心を委ね、安心して眠りにつきたいと思います。

一言お祈りいたします。
天の父なる神様。
今日一日をお守りくださり感謝いたします。
喜びも悲しみも、私のすべての時はあなたの御手の中にあります。
どうか今夜、すべての思いをあなたに委ね、イエス様の深い平安に包まれて安らかに眠ることができますように。
主イエス・キリストの御名により、お祈りいたします。
アーメン。

【参考文献】
・高橋秀典『詩篇』(JTJ宣教神学校)
・島田哲也『詩歌と霊性』(JTJ宣教神学校)
・『新共同訳旧約聖書略解』(日本基督教団出版局)
・『ATD旧約聖書註解 12詩篇』(日本基督教団出版局)
・『聖書辞典』(日本基督教団出版局)