「聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。」
2025.12.3 伝道師 青木宗達
新約聖書 使徒言行録1章8節
あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。
(新共同訳)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
今日の「ローズンゲン日々の聖句」より与えられました聖句は【新約聖書 使徒言行録1章8節】です。
使徒言行録1章は、主イエスが復活の後、弟子たちを再び集め、天の父の御心に基づく使命を示される場面です。
弟子たちは、依然として「イスラエルの回復」という、この世的な期待に心を向けていました。
しかし主イエスは、その視線を優しく正し、父なる神が成し遂げようとしておられる救いの計画は、はるかに大きく世界へと広がるものであることを示されたのです。
その中心に置かれているのが、8節の言葉です。
「聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける」。
ここで語られる「力」とは、単なる意志力や人間的能力ではありません。
父なる神から遣わされる聖霊ご自身が、私たちを内から新しくし、主イエスの福音に生きる者として立たせてくださる、いのちの力です。
弟子たちは、主イエスと共に歩んでいても、しばしば迷い、恐れ、つまずきを抱え続けていました。
しかし主イエスは、その弱さを責めたり切り捨てたりすることはなさいません。むしろ、聖霊を通して彼らの心に「新しい勇気」を与え、父なる神の御業を担う力へと変えてくださいました。
そして「エルサレム、ユダヤとサマリア、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」と続きます。
この広がりは、主イエスの救いが地理的にも、民族的にも、越境えていくことを示しているのです。
人間の隔てを超え、敵対や偏見を超え、父なる神の愛は「地の果て」にまで及びます。
弟子たちはそれを自力で成し遂げたのではなく、聖霊によって主イエスのいのちを宿し、主がなさる業の器として歩んだのです。
教会の歴史は、この約束の実現そのものでした。
人の弱さを超えて働かれる聖霊、主イエスの福音に従う者を支え続ける父なる神、そして遣わされる私たち。
この三位一体の神の導きの中で、教会は今も「証する群れ」として生かされています。
私たちもまた、状況や能力に縛られる必要はありません。
主イエスが復活の後、なお歩みに迷う弟子たちを招かれたように、今日も同じ主が私たちに語っておられます。
「聖霊があなたを支える。わたしの証人として歩みなさい」と。
この約束に信頼し、父なる神の愛に生かされ、主イエスの福音を日々の場で静かに証していきたいと願います。
お祈りいたします。
天の父なる神様。
復活の主イエスが与えてくださった「聖霊による力」の約束を、今日あらためて心に受けとめます。
どうか私たちの弱さをあなたの御手の中で新しくし、聖霊の導きによって、日々の場で主イエスを証しする者として整えてください。
主イエスキリストの御名により、お祈りいたします。
アーメン。

那須ステンドグラス美術館にて。







