「イエス・キリストの名によって願う」
2026.3.18 伝道師 青木宗達
新約聖書 ヨハネによる福音書 16章23節
よくよく言っておく。あなたがたが私の名によって願うなら、父は何でも与えてくださる。
(協会共同訳)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
今日、与えられました聖書の箇所は、イエス様が十字架にかかる直前の夜のことです。
当時の弟子たちの心は、迫り来る主との別れや、これから起こるであろう迫害への不安で暗く沈んでいました。
協会共同訳聖書では、今日の聖句には「苦しみが喜びに変わる」という見出しがついています。
イエス様が一時的に見えなくなる苦しみは、やがて聖霊が与えられ、神様が常に共にいてくださるという「誰にも奪われない喜び」へと変わるのだと、力強く約束されているのです。
今日の箇所は、前後の「16章16~24節をワンセット」として読むと、なお味わい深い理解が得られると思います。
その愛に満ちた文脈の中で、イエス様は「私の名によって願うなら、父は何でも与えてくださる」と語られました。
正直なところ、私たちは自分の弱さゆえに、「何でも」と聞くと、つい物質的な必要や、自分の思い通りの解決ばかりを求めてしまいがちです。
私自身も、祈りが願い事を叶える自動販売機のように思えてしまい、答えが見えないと「あれ!?商品がでてこない!」などといった焦りを感じてしまうことがありました。
しかし、ここでイエス様が本当に伝えたいのは、父なる神様と私たちとの「親と子のような深い信頼関係」のことです。
「イエス・キリストの名によって願う」とは、イエス様と心を一つにし、ただひたすらに神様の愛を信頼して祈ることです。
神様は、私たちにとって何が最も良いかを一番よくご存知です。
私たちの悲しみや痛みをすべて分かってくださるイエス様が、いつも共にいて、私たちを父なる神様へと真っ直ぐに繋いでくださっています。
自分の小さな願いの枠を超えて、イエス様という確かな絆にすがり、父なる神様の大きな愛の御手の中に安心して身を委ねていきたいと思います。
お祈りいたします。
天の父なる神様。
イエス様のお名前によって祈る特権を心から感謝します。
あなたの深い愛に全幅の信頼を置き、今日も喜びをもって歩ませてください。
この祈りを、主イエス・キリストの御名により御前にお捧げいたします。
アーメン。












