「イエス様と手をつないで歩む物語」テモテへの手紙一 4章16節 ローズンゲン日々の聖句

「イエス様と手をつないで歩む物語」

2026.1.10 伝道師 青木宗達

新約聖書 テモテへの手紙一 4章16節
自分のことと教えとに気を配り、それをしっかりと守りなさい。そうすれば、あなたは自分自身と、あなたの言葉を聞く人々とを救うことになります。
(協会共同訳)

 わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

 今日はパウロが、愛する弟子テモテに送った手紙を一緒に読んでみましょう。
協会共同訳聖書では「キリスト・イエスの良い奉仕者」という小見出しがついている箇所です。

 パウロはここで「自分のことと教えに気を配りなさい」と言っています。
これは決して「厳しく自分を律しなさい」と突き放しているわけではありません。
「ねえ、君の心は今、神様の愛で満たされているかな?」
「受け取った大切な福音を、忘れてしまっていないかな?」
という、親が子を思うような温かい気遣いの言葉なんです。

私たちが日々、どこに目を向けて歩んでいるか。
パウロは「その小さな積み重ねが、あなた自身の人生と周りの人の人生をも変えていくんだよ。」と教えてくれているのです。

 では、「自分に気を配る」とはどういうことでしょうか。
それは、私たちが神様の大きな愛の中に、毎日「心をお洗濯する」ように浸かり続けることです。
私たちの信仰は、一度信じたら終わりの「合格発表」ではありません。
神様との愛の関係がゆっくりと深まっていく、一生続く「歩み(聖化)」のプロセスです。

 神様の恵みに触れて、トゲトゲしていた心が丸くなったり、沈んでいた気持ちが癒やされたりする。
そんな「心の変化」を大切に受け止めることこそが、自分を整えるということなんです。
そのように、あなたが神様の愛に留まって生きるとき、その姿は言葉以上に雄弁に「福音」を語り始めます。
救いというのは、自分だけで完結する宝物ではありません。
あなたが喜びを持って歩む姿が、隣にいる人の心を動かし、誰かの救いのきっかけになっていく。
そんな素敵な連鎖が、ここから始まっていくのです。

 具体的に、私たちは明日からどう過ごせばいいでしょうか。
難しく考える必要はありません。
一日のうち、ほんの少しだけ「心のチューニング」をする時間を作ってみることが良いかもしれません。
お祈りをする、聖句を眺める、あるいは誰かのために小さく微笑む。
そんな「恵みの手段」を通して、自分の心を神様の愛に合わせるんです。
もし心がトゲトゲしてしまったら、そのことさえも神様に素直に伝えてみてください。
あなたが神様の愛に留まろうと一歩踏み出すとき、その光は必ず、あなたの家族や友人の心にも優しく届いていくはずです。

 でも、自分ひとりの力でいつも正しく、元気に歩み続けるのは、とっても難しいことですよね。
だからこそ、私たちはイエス様を見上げます。
イエス様は、私たちの弱さをすべてご存じで、「大丈夫、一緒に歩こう」と隣に並んでくださるお方です。
イエス様こそが、神様の愛をその生き方すべてで示し、私たちのために命をかけて救いの道を開いてくださいました。
このイエス様がいつも一緒にいてくださるから、私たちは安心して自分を整え、この恵みの道を歩み続けることができるんです。
今日、イエス様と手をつないで、新しい一歩を共に踏み出していきましょう。

お祈りいたします。
天の父なる神様。
弱さや迷いのある私たちですが、どうぞそのままでイエス様と手をつなぎ、一歩ずつ進ませてください。
私たちの心があなたの喜びで満たされ、それが周りの方々への光となりますように。
主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。