「自分ではなく隣人を喜ばせる」ローマの信徒の手紙 15章5-6節 ローズンゲン日々の聖句

「自分ではなく隣人を喜ばせる」

2025.2.19 伝道師 青木宗達

新約聖書 ローマの信徒の手紙 15章5-6節
忍耐と慰めの源である神が、あなた方に、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ、心を合わせ、声をそろえて、私たちの主イエス・キリストの父なる神を崇めさせてくださいますように。
(協会共同訳聖書)

 わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

今日、わたしたちに与えられました聖書の箇所は、協会共同訳聖書では「自分ではなく隣人を喜ばせる」という小見出しが付けられています。
シンプルであり、わたしたちの信仰の姿となるこの言葉です。
きょうのメッセージタイトルにもダイレクトにつけさせていただきました。

 わたしたちの人間関係の悩みは尽きないものです。
「なぜあの人は分かってくれないのだろうか?」
他人との意見や考え方の違いに心がざわつくことはないでしょうか。
今日の聖書箇所には、「自分ではなく隣人を喜ばせる」という、一見すると損をしてしまいそうな、しかしとても幸いな生き方が記されています。

 聖書が教える「本当の強さ」とは、相手を言い負かして自分の正しさを認めさせることではありません。
むしろ、自分の主張や権利を一歩引いて、相手の弱さや未熟さを優しく受け止めることができる「心のゆとり」のことです。
意見が合わない時、私たちはつい自分の満足を優先したくなります。
しかし、あえて相手の益になること、相手が喜ぶことを選んでみる。
その小さな愛の決断が、バラバラだった心を一つにし、そこに神様の平和を招き入れます。

もちろん、自分を後回しにして相手を愛し続けることは、私たちの力だけではとても難しいことです。
だからこそ、聖書は神様を「忍耐と慰めの源」と呼んでいます。
神様に頼る時、私たちは自分中心の思いから解放され、相手を大切にする力が不思議と湧いてきます。

そして、何より、私たちには見上げるべきお方がいます。

イエス様は、神としての全ての権利と栄光をお持ちでしたが、ご自分の満足のためには何一つそれを用いませんでした。
それどころか、私たちの身勝手さ、失敗、罪という重荷をすべて背負うために、最も低い姿となり、命を捨てて十字架にかかってくださいました。
ご自分の喜びを捨ててまで、あなたを愛し抜かれたイエス様。
この方の深い愛に支えられて、今日という一日を歩んでいきましょう。

お祈りいたします。
天の父なる神様。
私たちのためにご自身を捧げられた主イエス様の深い愛に心から感謝します。
自分の思いよりも隣人を喜ばせることを選び、互いに受け入れ合う心を私たちにお与えください。主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。