「見えない神様からのラブレター」
2025.1.25 伝道師 青木宗達
新約聖書 ローマ人への手紙1章20節
神の見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造以来、被造物を通してはっきりと認められるからです。したがって、彼らには弁解の余地がありません。
(協会共同訳聖書)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
ふと見上げた星空や、道端に咲く美しい花を見て、言葉にならない感動を覚えたことはありませんか? 聖書は、その感動が決して偶然ではないと語ります。神様の目に見えない力や神々しさは、この世界が造られた時から、自然を通してはっきりと示されているからです。美しい景色は、神様からの「私はここにいるよ」というラブレターのようなものです。
しかし、今日の聖書箇所は「だから、人間には弁解の余地がありません」と、少しドキッとする言葉を投げかけます。 これはどういうことでしょうか。それは、私たちが素晴らしい「作品」を見て感動することはあっても、その作者である神様に「ありがとう」と伝えるのを忘れてしまっているからです。 素晴らしいプレゼントをもらっておきながら、贈り主を無視して自分勝手に生きてしまう。聖書が語る「罪」とは、実は犯罪のことではなく、この「神様を無視している状態」のことを指すのです。
自然は神様の「偉大さ」を教えてくれますが、私たちのこの「無視してしまった罪」をどう解決すればよいかまでは教えてくれません。
だからこそ、神様はイエス・キリストという、もう一つの特別なメッセージを送ってくださいました。
イエス様は、遠くにおられる偉大な神様が、実はどれほど私たちを愛し、赦そうとしておられるかを、十字架を通して示してくださいました。
弁解できない私たちを責めるためではなく、ありのまま愛するために来られたイエス様。
今日、自然の美しさを感じたら、その向こうにおられる神様に心を向け、イエス様の愛を思い出しましょう。
お祈りいたします。
天の父なる神様。
あなたの造られた世界の美しさを感謝します。
今日、目に見える世界を通して、見えないあなたの愛を深く感じることができますように、切に願います。
主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。











