「感動的な良い物を与えてくださる神様」
2026.3.4 伝道師 青木宗達
新約聖書 マタイによる福音書 7章11節
このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子どもには良い物を与えることを知っている。まして、天におわれるあなたがたの父は、求める者に良い物をくださる。
(協会共同訳)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
今日のわたしたちに与えられました聖句は、イエス様が山の上で人々に語られた「山上の説教」の終盤の言葉です。
そして、この箇所は、神様と私たちの関係を「親子の姿に重ねて」優しく語りかけています。
実は、この言葉を深く味わうために、できれば少し前の7章7節から12節までをワンセットで読んでみることをおすすめします。
「求めなさい」「探しなさい」「門をたたきなさい」という有名な励ましの言葉から始まり、この11節、12節へと繋がっていくからです。
親は、たとえ自分自身が不完全であっても、我が子には少しでも良いものを与えたいと願うものです。
ましてや、天におられる完全な愛の父なる神様は、求める私たちにどれほど素晴らしいものをくださるでしょうか。
私自身、日々の生活の中で自分の弱さや自己中心的な思いに直面し、「こんな不十分な私が、神様に何かを求めてもいいのだろうか」と立ち止まってしまうことがよくあります。
しかし、このみ言葉は、私たちが不完全であること「聖書が言う悪い者であること」をありのままに認めた上で、それでもなお注がれる神様の圧倒的な愛を教えてくれます。
天の父がくださる「良い物」、それは単なる物質的な願いの成就ではなく、私たちの心を満たす神様の愛そのものであり、私たちを内側から新しく生かしてくれる聖霊の働きに他なりません。
そしてイエス様は、この神様の豊かな愛を語った直後の12節で、あの有名な黄金律を、つむぎ出されます。
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。
ここで最も大切なのは、「だから」という言葉の繋がりです。
私たちは、自分の力で無理をして「良い人になろう」「隣人を愛そう」と歯を食いしばる必要はないのです。
まず、神様に求め、天の父からの無条件の愛と赦しをたっぷりと受け取る。
そのあふれんばかりの恵みで心が満たされた「だから」こそ、私たちは自然と他者を思いやり、愛の行動へと能動的に押し出されていくのです。
そして、この神様の愛の最大の現れこそが、イエス様ご自身です。
イエス様は、私たちに命と希望という「最も良い物」を与えるために、ご自身のすべてを十字架で献げてくださいました。
今日、まずはイエス様を通して示された天の父の愛を、両手いっぱいに受け取りましょう!
その愛があなたの心を温め、聖霊の満たしと導きにより、周囲の人へと自然に流れ出る豊かな泉となるのです。
一言お祈りしましょう。
天の父なる神様。
私をかけがえのない子として愛し、最も良いものを与えてくださることをありがとうございます。
どうか、今日もあなたの愛で私の心を満たし、イエス様のように隣人を愛して歩むことができますように導いてください。
イエス様のお名前によってお祈りします。
アーメン。












