「徴税人ザアカイへの先回りの愛」
2026.3.8 伝道師 青木宗達
新約聖書 ルカによる福音書19章5節
イエスは言われた。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、あなたの家に泊まることにしている。
(協会共同訳聖書)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
今日の与えられました聖書の箇所は、協会共同訳では「徴税人ザアカイ」という見出しがついています。
ちなみに、現代訳リビングバイブルでは「ザアカイの救い」という見出しがつけられています。
リビングバイブルのほうが、わかりやすいですね!
この物語は、ルカによる福音書19章1~10節をワンセットとして読んでいくと、その情景と神様の愛の深さがより鮮明に迫ってきます。
舞台はエリコという町でのお話です。
死海の北側、エルサレムの近くに位置し、商業の拠点として栄える豊かな町です。
ここでザアカイは徴税人、現代風に言えば「税務署員」の頭として莫大な富を得ていました。
当時の徴税人は、ローマ帝国の手先として同胞から不当に税を取り立てる「罪人」の代名詞です。
懐は豊かに潤っていても、彼の心は人々からの軽蔑と深い孤独によって、砂漠のように乾ききっていたに違いありません。
少し前の18章に「金持ちの議員」が登場します。
彼は幼い頃から立派に律法を守るエリートでしたが、「全財産を貧しい人に施しなさい」というイエス様の言葉に悲しみ、去って行きました。
自らの正しさや富を強く握りしめ、どうしても手放せなかったのです。
一方、ザアカイはどうでしょうか?
彼は自分が正しい人間だなどとは微塵も思っていませんでした。
ただ「イエスとはどんな方なのか」を一目見たいという心の奥底の切実な渇きから、なりふり構わず、大人のメンツも捨てていちじく桑の木に登ったのです。
私自身、この箇所を読むたびに胸が熱くなります。
木の上に隠れるようにしていたザアカイを先に見つけ、声をかけてくださったのはイエス様の方でした。
5節です。
「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、あなたの家に泊まることにしている。」
ザアカイが立派な行いをしたからでも、先に悔い改めたからでもありません。
「罪人!卑怯者!」と指をさされ、木の上に身を潜めているそのままの状態で、イエス様は彼の名前を呼び、その懐に飛び込んでいかれました。
この理屈を超えた圧倒的な愛の光に触れた時、ザアカイの凍りついていた心は溶かされ、自ら喜んで財産を分かち合う者へと新しく生まれ変わったのです。
私たちも時折、自分の弱さや罪悪感、人目への恐れから、神様から隠れるように逃げ込んでしまうことはないでしょうか。
しかしイエス様は、そんな私たちを絶対に見逃しません。
「そのままのあなたで降りておいで。今日、あなたの心の家に泊まりたい」
と、今この瞬間も優しく声をかけておられます。
握りしめているものを手放し、心のドアを開いて、今日、イエス様を喜んでお迎えしてみたいと思います。
お祈りいたします。
天の父なる神様。
ありのままの私を見つけ、名前を呼んでくださる恵みを感謝します。どうぞ今日、私の心の家にお越しいただき、あなたと共に歩む新しい命の喜びで満たしてください。
主イエス・キリストの名によって祈ります。
アーメン。












