「嵐の中でも共におられるイエス様」マタイによる福音書 8章26節 ローズンゲン日々の聖句

「嵐の中でも共におられるイエス様」

2026.1.6 伝道師 青木宗達

新約聖書 マタイによる福音書 8章26節
イエスは言われた。「なぜ怖がるのか、信仰の薄い者たちよ。」そして、起き上がって風と湖とをお𠮟りになると、すっかり凪になった。
(協会共同訳)

 わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

 マタイによる福音書8章26節は、協会共同訳聖書では「嵐を静める」という小見出しです。
まさに、激しい嵐の中での出来事を伝えています。

 弟子たちは舟に乗り、イエス様と一緒に湖を渡っていました。
ところが突然、強い風と波が起こり、舟は今にも沈みそうになります。
彼らは恐ろしくなり、「助けてください」と叫びました。

 この状況に、信仰を持っている弟子たちでさえ、恐れに心を奪われ冷静さを失ってしまったのです。
これは、私たちの姿と重なります。
信仰を持っていても、人生の中で不安や困難に直面すると、心が揺れ、怖くなることがあります。
「本当に大丈夫だろうか?」
「神様はおられるのだろうか?」

と思ってしまうこともあるでしょう。

 そのときイエス様は、「なぜ怖がるのか、信仰の薄い者たちよ」と語られ、起き上がって風と湖をお𠮟りになります。
すると、あれほど荒れていた湖は、すっかり凪になりました。
イエス様は、私たちの恐れを責めるためではなく、恐れの中にある心を信頼へと導くために語っておられるのです。

 大切なのは、嵐があるかどうかではなく、嵐の中でイエス様が共におられるということです。
すぐに状況が変わらなくても、イエス様は私たちの舟に共におられ、平安へと導いてくださいます。
恐れの中にあるときこそ、イエス様に目を向け、信頼して歩んでまいりましょう。

お祈りいたします。
天の父なる神様。
恐れや不安に心が揺れるときも、私たちと共におられるイエス様に目を向けることができますように。
人生の嵐の中で、主の平安と導きを信頼して歩ませてください。
すべてを御手にお委ねして、主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。