「揺らぐ心を支えるイエス様の御手」
2025.11.27 伝道師 青木宗達
新約聖書 マタイによる福音書14章30~31節
30しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。 31イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われた。
(新共同訳)
わたしたちの父である神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
今日の「ローズンゲン日々の聖句」より与えられました聖句は【新約聖書 マタイによる福音書14章30~31節】です。
ペトロは荒れ狂う風のなかで主に向かって歩み出しました。
主が「来なさい」と招かれたからです。
彼はその声に信頼し、一歩を踏み出しました。
しかし次の瞬間、彼の視線は主から嵐へと移り、恐れが心を支配します。
すると足元は揺らぎ、彼は沈みかけてしまいました。
私たちも同じです。
信仰とは、外側の状況が静まってから始まるものではなく、不確かさのただ中で主に向かって歩み出すことです。
しかし歩き始めた途端に、人生の風や波が迫り、心は簡単に不安へと傾きます。
自分の弱さを知り、信じきれない自分に失望することさえあります。
しかし、ペトロが沈みかけたときにしたことは、ただ一つでした。
「主よ、助けてください」と叫ぶこと。
これは、私たちが最も深いところで神に向かって発する祈りそのものです。
完璧な信仰ではなく、弱さの中で必死に差し出される助けの声。
その祈りに、主はすぐに応えてくださいました。
「すぐに手を伸ばして」捕まえてくださったのです。
信仰の歩みは、自力で強く立つことではありません。
むしろ、弱さの只中で主を呼び求め、主に支えられて歩むところに成り立ちます。
私たちがつまずいたり、疑いに揺れたりしても主は見捨てず、伸ばされた御手を差し出し続けておられます。
そして主はペトロに「なぜ疑ったのか」と問われますが、それは責めではなく、主を見つめ続ける信頼へと招く言葉です。
私たちが再び顔を上げて主を見つめ、主に従う歩みを続けるための、優しい呼びかけなのです。
今日、たとえあなたの周りに強い風が吹いていようとも、主はあなたに向かって「来なさい」と招いておられます。
そして沈みかける時には、「すぐに」手を伸ばしてくださいます。
どうか、その御手を求めてください。
そして再び主を見つめて歩み出してください。
私たちを救い、導き、支え、共に歩んでくださるお方。
それが「イエス様」なのです。
お祈りいたします。
天の父なる神様。
私たちの弱さをご存じのあなたが、今日も御手を伸ばして支えてくださることを感謝します。
恐れや不安の中にあるとき、どうか「主よ、助けてください」と叫ぶ勇気を与えてください。
あなたを見上げ、あなたに信頼して歩む者とならせてください。
私たちの救い主イエス様の御名により祈ります。
アーメン。

那須ステンドグラス美術館にて。






