「神は、世の貧しい人を選び信仰に富ませる」ヤコブの手紙 2章5節 ローズンゲン日々の聖句

神は、世の貧しい人を選び信仰に富ませる」

2026.2.3 伝道師 青木宗達

新約聖書 ヤコブの手紙 2章5節
神は、世の貧しい人を選んで信仰に富ませ、ご自分を愛する者に約束された御国を、受け継ぐ者となさったではありませんか。
(協会共同訳聖書)

 わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

 ヤコブの手紙は、私たちの心に潜む「えこひいき」という罪に対して、鋭いメスを入れています。
当時の教会では、金持ちを上座に案内し、貧しい人を足台の下に座らせるという、悲しい現実がありました。しかし、今日の聖句は、そのような人間の「ものさし」を根底から覆す、神様の驚くべき視点を提示しています。

神は、世の貧しい人を選んで信仰に富ませ、・・・受け継ぐ者となさったではありませんか。

 ここで語られているのは、単なる経済的な貧富の話にとどまりません。人間が重要視する「持ち物」や「地位」といった外側の飾りは、神様の目には決定的な価値を持たないということです。
むしろ神様は、自分の力ではどうすることもできず、ただ神の恵みにすがるしかない、へりくだった心を持つ人々を選ばれました。
世間からは顧みられないような小さな存在の中に、神様は「信仰」という本物の輝きを見出されるのです。

 私たちが人を外見や損得で判断してしまう時、それは神様が選ばれた尊い器を軽蔑することになりかねません。
神様の愛は、人間の境界線を越えて注がれています。
私たちが大切にすべきは、この世の豊かさではなく、神様を愛し信頼する心の豊かさです。

 この神様のまなざしを、最も完全に体現された方こそ、主イエス・キリストです。
イエス様は、天の栄光を捨てて、最も貧しく低い姿でこの世に来られました。
そして、社会の片隅に追いやられていた人々に寄り添ってくださいました。

主は、私たちの資格や功績ではなく、ただ一方的な愛をもって私たちを選び、御国の相続人として招いてくださっています。

 今日、このイエス様の愛にならいましょう。
私たちの目にかかっている「差別の色眼鏡」を外し、イエス様のまなざしを通して、隣人の中に隠された「信仰の富」を見出す者とされたいと願います。

お祈りいたします。
天の父なる神様。
私たちは時に、目に見えるものや自分の物差しで人を判断してしまう弱さを持っています。
どうか私たちが、外見ではなく、あなたの愛のまなざしをもって互いを見ることができますように。
主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。