「捕らわれてしまう心からの回帰」使徒言行録14章15節 ローズンゲン日々の聖句

「捕らわれてしまう心からの回帰」

2025.12.2 伝道師 青木宗達

新約聖書 使徒言行録14章15節

パウロは言った。「皆さん、なぜ、こんなことをするのですか。わたしたちも、あなたがたと同じ人間にすぎません。あなたがたが、このような偶像を離れて、生ける神に立ち帰るように、わたしたちは福音を告げ知らせているのです。この神こそ、天と地と海と、そしてその中にあるすべてのものを造られた方です」。
(新共同訳)

わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

今日の「ローズンゲン日々の聖句」より与えられました聖句は【新約聖書 使徒言行録14章15節】です。

 パウロは「わたしたちも、あなたがたと同じ人間にすぎません」と率直に語りました。
彼らは人々の称賛を受け、神格化されそうになっていたのです。
しかしパウロは、自分たちに向けられる栄光を退け、ただ「生ける神」に立ち帰るようにと招き続けたのです。

 この姿勢は、私たちが信仰の歩みの中でたびたび忘れてしまう中心を思い起こさせます。
すなわち、救いは人から来るのではなく、天と地と海とその中のすべてを造られた神ご自身から始まる、という事実です。
この“生ける神”は、人を束縛する偶像とは異なり、創造し、保ち、養い、愛をもって呼びかけ続けるお方なのです。

 その神が、主イエス・キリストにおいてご自身を明らかにされました。
私たちの救いのためにへりくだり、人間となり、十字架にまで従順であられた主イエスは、まさに「生ける神」へのまことの道を示してくださったお方です。
パウロが「わたしたちも同じ人間にすぎません」と語ったのに対し、主イエスだけは真の神であられ、同時にまことの人として、私たちを神へと連れ戻す道を開いてくださいました。

 さらに21世紀の現代に生きる私たちは、聖霊により、私たちの心を照らし、偶像に向かいやすい思いをやわらげ、生ける神へと向き直す“内なる力”を与えてくださいます。
信仰とは、人の努力や熱心の結集ではなく、聖霊の導きのうちに、父なる神へ、そして主イエスへと帰っていく歩みなのです。

 今日の御言葉は、私たちに静かに語りかけます。
「あなたはどこに向かって生きているのか」。
人の評価、成功の偶像、自己充足の願望は、いつのまにか私たちの心をしばりつけます。
しかし、主イエスは言われます。
「わたしのもとに来なさい。わたしがあなたを生ける神のいのちへ導く」。

 どうか私たちが、創造の父、救いの御子、導きの聖霊の恵みの中で、日々“生ける神へ立ち帰る”歩みを続けていくことができますように。

お祈りいたします。
天の父なる神様。
主イエス・キリストにあって、私たちを生ける神へと立ち帰らせてくださる恵みに感謝します。どうか聖霊の導きのうちに、偶像に向かいやすい心を守り、あなたにまっすぐ向かう歩みを続けさせてください。
主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。

那須ステンドグラス美術館にて。