「祈りから始まる伝道」
2025.12.6 伝道師 青木宗達
新約聖書 使徒言行録 13章2-3節
彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」 そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。
(新共同訳)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
今日の「ローズンゲン日々の聖句」より与えられました御言葉は【新約聖書 使徒言行録 13章2-3節】です。
使徒言行録13章2〜3節は、初代教会がどのように「伝道の歩み」を始めたのかを示す大切な場面です。
13章4節以降では、まずキプロス島に、ペルゲを通り、次にアンティオキアに宣教した様子が描かれています。
アンティオキア教会の人々は、何よりもまず「主を礼拝し、断食していた」と記されています。
私は、個人的に、このアンティオキア教会をとても愛おしく思います。
クリスチャンという言葉の発祥の地。
それは、ユダヤ人も異邦人も、元富裕層も元奴隷も、立場の異なる者たちが一つに結ばれ、豊かな聖霊の導きのもとで歩んでいたからです。
彼らは伝道の拠点となり、宣教の中心としての役割を果たしていきました。
この教会が私たちに示してくれるのは、「伝道は活動や計画からではなく、礼拝と祈りから始まる」という重要な真理です。
自分の思いや方法を先に置くのではなく、まず神の御声を聞く静けさを大切にするところに、主の働きは始まっていきます。
その祈りのただ中で、聖霊は「バルナバとサウロを選び出しなさい」と告げられました。
つまり、伝道は人が「やろう」と決心したから始まるのではなく、神が「選び」「遣わす」ことから動き出します。
私たちはしばしば、自分に向き不向きがあるか、力が足りているかを気にします。
しかし、神の働きは「備えられた器を探す」のではなく、「呼ばれた者に備えを与えてくださる」ことによって進んでいきます。
教会は二人のために祈り、手を置いて送り出しました。
ここに、伝道が共同体の祈りと支えの中にあることが示されています。
伝道は“個人の孤独な使命”ではありません。
教会全体が祈りによって関わり、遣わす者も遣わされる者も共に御前で整えられる。
その中で、神の働きは広がり続けていきます。
また、この箇所は「伝道とは、神様がすでに準備しておられる場所に、私たちが参加させていただくもの」であることも教えています。
私たちは、福音を伝えるときに、義務やプレッシャーを感じてしまうことがあります。
しかし大切なのは、「神さまが先にその人の心に触れ、道を整えてくださっている」という視点です。
私たちは、その神様の働きにそっと加わり、すでに心を開く準備ができている方に、神さまの喜びを分かち合っていくのです。
そして、初代教会がどこへ行っても語った中心は、イエス・キリストその方でした。
伝道の本質は、教義や道徳を押しつけることではなく、「イエス様に出会う喜び」へと人を招くことです。
イエス様、私たちの弱さを知りつつ、伝えるための力と勇気を聖霊によって与えてくださいます。
今日、私たちの伝道もまた同じです。
このホームページでの福音伝道も一緒です。
礼拝と祈りの中から始まり、教会の支えの中で育まれ、そして最終的にはイエス様ご自身へと導く働きです。
伝道の道の中心に、いつもイエス様がいてくださることを覚えつつ、歩み出してまいりましょう。
お祈りいたします。
天の父なる神様。
アンティオキア教会の歩みに学びつつ、私たちも礼拝と祈りを土台として、あなたが備えておられる伝道の働きへと歩み出せるよう整えてください。
聖霊の導きにより、主イエスを証しする力をお与えください。
すべてを御手にお委ねして、主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。

那須ステンドグラス美術館にて。







