「今もそばにいるインマヌエルであられる神」ルカによる福音書1章30-31節 ローズンゲン日々の聖句

「今もそばにいるインマヌエルであられる神」

2025.12.12 伝道師 青木宗達

新約聖書 ルカによる福音書1章30-31節

見なさい。あなたは身ごもって、男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。
その子は大いなる者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また神である主は、彼にその父ダビデの王位をお与えになります。


(新改訳2017)

わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

今日の「ローズンゲン日々の聖句」より与えられました御言葉は【新約聖書 ルカによる福音書1章30-31節】です。

マリアはごく普通の若い女性でした。
そんな彼女のもとに、突然、神さまからの知らせが届きます。
「あなたは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。」
処女降誕の場面です。

イエスという名には、ヘブライ語で「主は救う」という意味があります。
神さまは、私たちが自分の力で立ち上がれなくなる時にも、「私はあなたを助けるために来る」と約束してくださる方です。
その思いが、この名前に込められているのです。

さらに御使いは、「この子は大いなる者となり、神の子と呼ばれる」と語りました。
これは、神さまが遠く離れた空の上から見守るだけでなく、私たちの涙も、弱さも、孤独も、そのまま受け止めるために、この地上に「姿」となって実際に来られたのです。

この出来事は、ずっと昔の預言が実現した瞬間でもありました。
旧約聖書のイザヤ書7章14節には
「おとめが男の子を産み、その名はインマヌエルと呼ばれる」

という箇所があります。
これは、イエス・キリストが誕生する約730年前の預言なのです。

インマヌエルとは、ヘブライ語で「神は私たちと共におられる」という意味です。
人生がうまくいかない時、誰にも理解されないと感じる時、神さまは「私はあなたのそばにいる」と、ずっと語ってこられました。

その約束が、イエス・キリストの誕生によって目に見える形「姿」になったのです。
目に見えるものしか信じられない、愚かな私たちへの深い愛の「見えるしるし」なのです。

神さまは、私たちの弱さを責めるためではなく、支えるために来られました。
自分は不十分だ、欠けている、そう思う時こそ、神さまはそっと近づき
「大丈夫。私はあなたを見捨てない」
とささやいてくださいます。

イエス様は、あなたの心の暗闇に光をともすために来られました。
この方は、今もあなたの名前を知り、あなたの歩みに寄り添い、静かに手を差し伸べておられます。

今日、どうかほんの少しだけでも心を開いてみてください。
その小さな一歩を、イエス様は必ず受けとめ、あなたを新しい希望へと導いてくださいます。

お祈りいたします。
天の父なる神様。
イエス様をこの世界に送ってくださったことを感謝いたします。
私たちの弱さや重荷をそのまま受けとめ、共にいてくださる恵みに、今、そっと心を開かせてください。
今日の歩みの中で、あなたの導きと平安を感じることができますように。
主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。