「情報が溢れる世界で、本物と偽物を見分ける光」
2026.3.15 伝道師 青木宗達
新約聖書 ヨハネの手紙一 2章21節
あなたがたが、すべて偽りは真理から生じないことを知っているからです。
(新共同訳)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
今日のローズンゲン日々の聖句より、ヨハネの手紙一2章21節には、新共同訳聖書で「反キリスト」という少しドキッとする小見出しがついています。
「あなたがたが、すべて偽りは真理から生じないことを知っているからです。」(新共同訳聖書)
正直なところ、この言葉だけを読むと、少し難しく感じるかもしれませんね。
私自身、最初はピンときませんでした。
でも、現代訳のリビングバイブルを読むと、ハッとさせられます。
「ですから私は、あなたがたに真理を知らせなくてはならないと考えて、この手紙を書いているわけではありません。本物と偽物との区別ができる者となるよう注意を促しているのです。」(リビングバイブル)
いかがでしょうか。
ヨハネの言わんとしていることが、スッと心に入ってこないでしょうか。
この手紙が書かれた紀元1世紀の終わり頃、教会にはイエス様の教えを巧妙に歪める人々が入り込み、信徒たちを惑わしていました。
彼らは「グノーシス主義(初期)」や「仮現説(ドケティズム)」と呼ばれる思想を持つ人々でした。
彼らは「目に見えない霊は聖いが、目に見える肉体や物質は悪であり汚れている」という極端な「霊肉二元論」という考えが根底にありました。
そのため彼らは
「きよい神の御子が、汚れた人間の肉体をとってこの世に来るはずがない。イエスは人間のように見えただけで、実際には幻のような存在だったのだ!」
と主張したのです。
さらに、「自分たちだけが特別な霊的知識を持っている」と誇り、普通の信徒たちを見下すような態度をとっていました。
長老ヨハネが何より心配し、憤りさえ感じていたのは、小難しい神学論争に負けることではありません。
彼が恐れたのは、愛する信徒たちがそのような「頭だけの知識」に振り回され、私たちのために痛みを受け、十字架にかかってくださった、あの血の通った生身のイエス様との「温かい人格的な愛の交わり」から引き離されてしまうことでした。
だからこそ、教会の群れが偽物に騙されて命を失うことがないよう、親が子を案じるような切実な思いでペンをとったのです。
実は、この箇所は2章18〜27節をひとつのまとまりとして読み、続く22〜23節に目を向けることで本質が見えてきます。
「特別な知識がなくても大丈夫。あなたがたはすでに真理を知っているのだから」
と、ヨハネは語りかけます。「イエスがキリストである」と信じ、その御子との交わりの中に留まり続けることこそが、すべての土台なのです。
私たちは現代社会の中で、様々な情報や価値観に取り囲まれ、時に何が真理かを見失いそうになります。
しかし、神様はわたしたちに安心を与えてくださいます。
神様のあふれる愛と恵みは、私たちが気づく前からいつも先立って働き、内なる聖霊を通して「何が本物か」を見分ける光を与えてくださっています。
特別な知識で武装しようとしたり、ご自身の弱さに目を向けたりするのではなく、ただイエス・キリストのみを見上げることです。
真理であり、本物の愛そのものであるイエス様との豊かな交わりに留まり続けるとき、私たちの歩みは守られ、確かなものとされていくのです。
今日も、安心して共に歩んでまいりましょう!
一言お祈りいたします。
天の父なる神様。
様々な声が溢れるこの世界で、どうか本物の愛と真理を見分ける知恵をお与えください。今日一日、生身の温かいイエス様との豊かな交わりの中に留まり、その恵みに生かされて歩むことができますように。
主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。







