「沈みそうな時に差し出される救いの手」マタイによる福音書14章30-31節 ローズンゲン日々の聖句

「沈みそうな時に差し出される救いの手」

2026.3.13 伝道師 青木宗達

新約聖書 マタイによる福音書 14章30-31節
(ペトロは)「主よ、助けてください」と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして(ペトロを)捕まえ、「信仰の薄いものよ、なぜ疑ったのか」と言われた。
(協会共同訳)

 わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

 本日、皆様と分かち合うのは、協会共同訳聖書で「湖の上を歩く」という小見出しがつけられている、マタイによる福音書14章30-31節からのメッセージです。  

この場面は、14章22〜33節をワンセットとして前後の文脈を読むことで背景状況が立体的に理解でき、み言葉をより多角的に受け取ることができます。
また、マルコによる福音書(6:45-52)やヨハネによる福音書(6:15-21)にも同じ内容が記述されているため、ぜひ並行して読んでみてください。

舞台は夜のガリラヤ湖です。
暗闇は恐怖そのものでした。
そのような中、水の上を歩いて来られたイエス様に、弟子たちは「幽霊だ!」と怯え、慌てふためきましたが、イエス様だと分かり安心しました。  
するとペトロは「主よ、私にも水の上を歩いて、みもとに行かせてください」と願い出ます。
イエス様が「来なさい」とおっしゃると、ペトロは勇気を出して舟から一歩を踏み出しました。  しかし、強風を目の当たりにして恐ろしくなり、彼は沈みかけます。

今日の聖句を三つの区分で味わってみたいと思います。

第一に「『主よ、助けてください』と叫んだ」とあります。  
これは、自分の限界を知り、虚勢を張れなくなった人間の飾らない真実の祈りです。
私自身も、人生の波風に怯えて沈みそうになる時、この泥臭い叫びを発してしまうことがあります。

第二に「イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ」とあります。  
ここが一番の恵みです。
私たちが疑い、信仰が揺らいだとしても、主は呆れて見捨てることはなさいません。
私たちが沈み切る前に「すぐに」御手を伸ばしてくださいます。
私たちが助けを叫ぶ前から、すでに主の救いの手は用意されているのです。

第三に「『信仰の薄いものよ、なぜ疑ったのか』と言われた」とあります。  
これは決して冷たい非難ではありません。
「問題の波ではなく、私を見つめ続けなさい」という、主の愛に溢れた招きであり、励ましの言葉だと私は感じています。

私たちの日常にも、思いがけない突風が吹き荒れる時があります。
風や波ばかりを見つめると、ペトロのように不安に飲み込まれそうになります。
しかし、私たちの信仰がどれほど不完全であっても、「助けて」と叫べば、イエス様は必ず力強い手を伸ばしてくださいます。
私たちを捉えて離さない主の愛の御手の中にいることを信頼し、今日もイエス様から目を離さずに歩んでまいりましょう。

一言お祈りいたします。
天の父なる神様。人生の波風の中で恐れを抱く時、素直に「助けてください!」と叫ぶことができますように。
私の弱さをご存知で、すぐに御手を伸ばしてくださるあなたの愛に寄り頼み、今日の一日を歩ませてください。
イエス・キリストの御名により祈ります。
アーメン。