「義のために苦しむ」ペテロの手紙一 3章14節 ローズンゲン日々の聖句

「義のために苦しむ」

2026.2.26 伝道師 青木宗達

新約聖書 ペテロの手紙一 3章14節
しかし、義のために苦しみを受けることがあっても、あなたがたは幸いです。
(協会共同訳)

 わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

 今日、わたしたちに与えられました聖書の言葉は、共同訳聖書の小見出しで「義のために苦しむ」という箇所です。

 ペテロがこの手紙を送った初代教会の時代、キリスト者たちは神様に従って正しい歩みをしようとするほど、社会からいわれのない誤解を受け、理不尽な迫害に遭っていました。
誠実に生きようとする者が、なぜ苦しまなければならないのか。
それは現代を生きる私たちにとっても、決して遠い昔の話ではない、リアリティのある話です。

 かつて私は、都内有名ホテルで料理人として働いていました。
華やかな世界の裏側は、息が詰まるほどの厳しい縦社会です。
そこでは上の理不尽な要求がまかり通り、料理への誠実さや、立場の弱い仲間を守るために声を上げた私が、かえって「和を乱す者」として激しい非難を浴び、孤立させられることがありました。

「お客様のために、正しいことをしたいだけなのに」。

悔しさで胸が締め付けられ、「なぜ正直者が馬鹿を見るのか」と、帰り道に涙で夜空が滲んだ夜が何度もありました。
良心に従い、義のために声を上げて傷つけられる。これほど深く心を引き裂かれることはありません。

 しかし、聖書は「それでもあなたは幸いだ」と静かに語りかけます。
なぜなら、その暗闇の中で、わたしたちが流した涙の痛みを、神様は一滴残らず知っておられるからです。

 全く罪のない「正しい方」であったイエス・キリストは、いわれのない嘲りを受け、私たちの悲しみをすべて背負って十字架にかかられました。
イエス様は、高みから私たちを見下ろすのではなく、私たちが理不尽な苦しみの中でうずくまるとき、そのすぐ隣に座り、共に涙を流してくださるお方なのです。

 わたしたちの力だけでは、現実に心が折れそうになります。
しかし、私たちをすっぽりと包み込む神様の尽きない恵みが、再び立ち上がる力を与えてくれます。
わたしたちの誠実な歩みは、決して無駄ではありません。
痛みを抱えながらも愛と真実を選び取るその手に、イエス様がそっとご自身の手を重ねてくださいます。
今日も、共にいてくださる主の愛に寄り頼み、希望をもって歩んでいきましょう。

お祈りいたします。
天の父なる神様。
わたしたちが理不尽な苦しみの中で涙する時も、そばにいてくださることを感謝します。
どうかあなたの深い恵みで傷ついた心を包み、ふたたび、愛と真実を選び取って歩み出す勇気を与えてください。
主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。