「沈黙の後にあふれる賛美」
2026.2.23 伝道師 青木宗達
新約聖書 ルカによる福音書1章68節
イスラエルの神である主は、ほめたたえられますように。主はその民を訪れて、これを贖われた。
(協会共同訳聖書)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
今日、与えられました聖書の箇所は、協会共同訳聖書では「ザカリアの預言」という小見出しがついている箇所です。
祭司ザカリアは、神様の約束を疑ってしまい、しばらく口が利けなくなっていました。
しかし、約束通りに子どもが誕生した時、彼の口は開かれます。
長い沈黙の後に彼が真っ先に語ったのは、この喜びに満ちた賛美でした。
21世紀の現代に生きるわたしたちも、しばしば、神様を疑ってしまう姿があります。
神さまからの直接な語りかけ、預言がなかったとしても、今日のザカリアの「その姿」は、自分自身に置き換えることができるのではないでしょうか?
後半に「主はその民を訪れて」とあります。
私たちの神様は、遠い天からただ私たちを眺めている方ではありません。
私たちが神様を知る前から、先行的な恵みにより、神様のほうから私たちの日常へと、優しく会いに来てくださる方です。
また「贖われた」とは、私たちを縛る不安や心の痛みから解放し、本来の自由を取り戻してくださるという意味です。
自分の力ではどうしようもない時も、神様は決して見捨てず、大きな愛で引き上げてくださいます。
この「神様の訪れ」と「救い」と「贖い」の究極の姿こそが、イエス・キリストです。
神様はイエス様を通して、私たちの人生に直接入って来てくださいました。
今日も、イエス様は、わたしたちの心の扉をノックしておられます。
今、どんな迷いや悲しみの中にいても大丈夫です。
わたしたちを愛し、共に歩むために来てくださったイエス様を、心にお迎えしてみたいと思います。
一言お祈りいたします。
天の父なる神様。
今、心の扉を開いて、イエス様をお迎えしたいと思います。
わたしたちの中にある不安や痛みを癒やし、あなたの豊かな愛と平安を聖霊によって満たしてください。
この祈りをイエス様の御名によってお捧げいたします。
アーメン。












