「再臨と今を大切にする心」
2026.2.16 伝道師 青木宗達
新約聖書 マルコによる福音書 13章27節
その時、人の子は天使たちを遣わし、地の果てから天の果てまで、選ばれた者を四方から呼び集める。
(協会共同訳)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
今日、与えられました聖書の箇所は、聖書協会共同訳において「人の子が来る」という小見出しが付けられています。これは、イエス様が再びこの世界に来られること、すなわち「再臨」についての極めて重要な約束です。
この27節を味わうには、その前の26節も合わせて心に留めることが助けになります。
「26 その時、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗ってくるのを、人々は観る」
とあります。
この再臨の光景は、マタイによる福音書(24章)やルカによる福音書(21章)にも同様に記されており、初代教会から現代に至るまで、私たちが大切にしてきた「希望の核心」です。
「世の終わり」や「再臨」と聞くと、少し怖いイメージや、いつそれが起こるのかという予言めいた話に心が奪われてしまうことがあるかもしれません。確かに、終わりの時を見据えることは信仰において不可欠です。しかし、将来のことだけに極端に意識が向いてしまい、足元の生活がおろそかになったり、不安に駆られたりすることは、神様の御心ではありません。
イエス様が私たちに教えておられる「待つ姿勢」とは、ただ空を見上げていることではなく、与えられた「今」という時を、誠実に、愛をもって生きることです。
やがて来たるその時まで、私たちは神様の愛を信頼し、自分に与えられた場所で、愛する隣人と共に歩むことが求められていると思うのです。
困難の中にある友に寄り添い、喜びを分かち合い、そして何よりも、私たちを生かしてくださる神様の恵み(福音)を伝えていくこと。
これこそが、再臨を待ち望む私たちの、最もふさわしい備えなのです。
「その時」に、雲に乗って来られるお方は、知らない誰かではありません。
十字架にかかり、私たちの罪を赦し、死を打ち破って復活された、あの愛するイエス様ご自身です。
イエス様は、恐怖を与えるためではなく、地の果てから天の果てまで、愛する者たちを「呼び集める」ために来てくださいます。
それは、最高の再会の時であり、救いの完成の時です。
今日という一日が、やがて来てくださるイエス様にお会いする喜びへと続く、確かな一歩となりますように。
一言お祈りいたします。
天の父なる神様。
私たちが「世の終わり」への不安に心を奪われるのではなく、やがてお会いできる愛するイエス様を待ち望みながら、与えられた今日という一日を大切に生きることができますように。
私たちの周囲にいる隣人を愛し、喜怒哀楽を共にし、あなたの豊かな恵みを分かち合いながら歩む力を与えてください。
主イエス・キリストの御名により、お祈りいたします。
アーメン。










