「助けを求める信仰」マルコによる福音書 5章23節 ローズンゲン日々の聖句

「助けを求める信仰」

2026.1.28 伝道師 青木宗達

新約聖書 マルコによる福音書 5章23節
ヤイロはしきりに願った。「私の幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。」
(協会共同訳)

 わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

 会堂司という立派な立場にいたヤイロですが、今日の聖書箇所で見せる姿は、ただ娘を想う一人の父親そのものです。
「私の幼い娘が死にそうです!」。
その悲しみと不安は、どれほど深かったことでしょうか。
彼は自分の地位も、周りの目も気にせず、イエス様の足もとにひれ伏しました。
なりふり構わず助けを求めるその姿は、自分の力ではもうどうすることもできないという、正直な心の叫びでした。

 ヤイロが願ったのは、「手を置いてやってください」ということでした。
遠くから言葉だけで治してもらうのではなく、イエス様に家まで来てもらい、その温かい手で娘に直接触れてほしかったのです。そこに、彼のイエス様に対する純粋な信頼があります。
「この方が来て、触れてくだされば、絶望は希望に変わる」と信じていたのです。
イエス様は、そんな彼の必死な願いを優しく受け止められました。
「忙しい」とも「無理だ」とも言わず、すぐに立ち上がり、彼と一緒に歩き出されたのです。

 私たちの毎日にも、自分ひとりでは抱えきれない不安や、心が折れそうになる瞬間があるかもしれません。そんな時、無理に強くあろうとしなくて大丈夫です。ヤイロのように、弱さを抱えたありのままの心で、助けを求めてよいのです。

 イエス様は、あなたの痛みを遠くから眺めているような方ではありません。あなたの人生のただ中に来て、震える心に優しく手を置き、「わたしが共にいるから大丈夫だよ」と、新しい命と平安を吹き込んでくださる方です。 今日、あなたを愛してやまないこのイエス様に、心の荷物をそっと預けてみませんか。

お祈りいたします。
天の父なる神様。
ヤイロのように、私の弱さも不安も、すべて隠さずあなたにお話しします。
私の心にも優しく手を置き、あなたの温かい愛と平安で満たしてください。
主イエスキリストの御名により、お祈りいたします。
アーメン。