「確信の出来事、希望の道」
2026.1.20 伝道師 青木宗達
新約聖書 ペテロの手紙 第二 1章16節
私たちは、私たちの主イエス・キリストの力と来臨をあなたがたに知らせるのに、巧みな作り話に従ったのではありません。この私たちが、あの方の威光の目撃者だからです。
(協会共同訳聖書)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
信仰とは、心の弱さが生み出した「慰めの物語」なのでしょうか?
あるいは、人間がより良く生きるための道徳的な教訓にすぎないのでしょうか?
いいえ、決してそうではありません。
今日のみ言葉でペテロは、自分たちが伝えた福音は「巧みな作り話」とは全く異なると力強く断言しています。
ペテロは、イエス様の生涯と十字架、復活、そして山の上で神の栄光が輝いたその瞬間を、自身の目で見た目撃者でした。
彼が伝えたかったのは、人間の知恵や哲学ではなく、歴史の中に具体的に介入された神の力強い事実です。
私たちの信仰は、誰かの空想の上ではなく、この確かな目撃証言と歴史的真実という土台の上に築かれています。
私たちは、ペテロのように肉眼でその光景を見ていないかもしれません。
しかし、聖書を読む中で心が不思議と燃やされたり、祈りの中で平安に包まれたりする経験、さらには、同じ信仰を持つ兄弟姉妹達の「証し」や「信仰から来る愛の姿」を通して、確かに生きておられる主に出会います。
それは、かつて弟子たちが目撃したあの栄光が、今も聖霊を通して私たちの内側に届いている証拠です。
ただの物語は人を一時的に慰めるだけですが、生ける真理は私たちの人生を聖く、新しく作り変える力を持っています。
もはや、不確かな作り話に頼る必要はありません。
私たちには、今も生きて共に歩み、その威光と限りない愛をもって私たちを導いてくださる、真実の救い主イエス様がおられるからです。
この主イエス・キリストを見上げて、今日も共に歩んでまいりましょう。
お祈りいたします。
天の父なる神様。
あなたの福音は空しい作り話ではなく、私たちを生かす確かな真理であることを感謝します。
今も生きて働かれるあなたの栄光と愛を、日々深く味わうことができますように。
主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。




