「聖なる方は、あなただけ」ヨハネの黙示録 15章4節 ローズンゲン日々の聖句

「聖なる方は、あなただけ」

2026.1.15 伝道師 青木宗達

新約聖書 ヨハネの黙示録 15章4節
主よ、だれがあなたの名を畏れず、 たたえずにおられましょうか。 聖なる方は、あなただけ。 すべての国民が、来て、 あなたの前にひれ伏すでしょう。 あなたの正しい裁きが、 明らかになったからです。」
(新共同訳聖書)

 わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

 今日の聖書の言葉は、天国で歌われている壮大な賛美の歌です。
「主よ、だれがあなたの名を畏れず、たたえずにおられましょうか」。
これは、様々な苦難を乗り越えた人たちが、神様の圧倒的な素晴らしさを目の当たりにして、心からの感動とともに歌っている喜びの歌です。

 ここで「あなたの正しい裁きが明らかになった」と歌われています。
「神様の裁き」と聞くと、私たちは何か怖いこと、罰が下されるようなイメージを持ってしまうかもしれません。  
しかし、聖書が語る神様の裁きとは、この世界の理不尽なことや悲しみが取り除かれ、歪んでしまったものが本来あるべき正しい姿へと戻されること、つまり「回復」の希望なのです。

 神様は「聖なる方」です。  
それは、単に清らかで近寄りがたいということではありません。悪をそのままにせず、愛をもって正しい道を示してくださる、本当に信頼できるお方だということです。神様は、特別な人だけでなく、すべての人をご自分の元へと招いておられます。

 しかし、自分の心を見たとき、私たちはこの清い神様の前に堂々と出られるだろうかと不安になることはないでしょうか。  
私たちには弱さがあり、失敗があり、神様の思いから外れてしまうことがあります。本来なら、私たちはその「完全な正しさ」の前に立つことさえできない存在かもしれません。

 けれど、恐れる必要はありません。  
私たちには、この聖なる神様と私たちをつないでくださる方がいるからです。  
私たちが負うべき責任をすべて背負い、神様の正しさと、私たちへの深い愛を、十字架の上で証明してくださった方。

 それが、イエス・キリストです。

 イエス様がおられるからこそ、私たちは今日、自分の弱さそのままで、安心して「聖なる神様」を見上げ、希望の歌を歌うことができるのです。  
そのイエス様に信頼して、今日という1日を共に歩んでまいりたいと願います。

お祈りいたします。
天の父なる神様。
私たちの弱さを十字架の愛で覆い、あなたに近づく道となってくださったイエス様に心から信頼します。
どうか今日、私たちが恐れではなく、感謝と賛美をもって、あなたと共に歩むことができますように。
主イエス・キリストの御名によりお祈りいたします。
アーメン。