「開かれた扉の向こうへ」
2026.1.14 伝道師 青木宗達
新約聖書 使徒言行録 5章19-20節
ところが、夜中に主の天使が牢の戸を開け、彼らを外に連れ出し、「行って神殿の境内に立ち、この命の言葉を残らず民衆に告げなさい」と言った。
(新共同訳)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
牢獄という閉ざされた場所。
しかも夜中という暗闇の中に、突如として主の使いが現れました。
彼らが閉じ込められていたのは、人々の妬みや反対によるものでしたが、神の介入は、人間の作った頑丈な扉や権力による束縛をいとも簡単に打ち破りました。
しかし、ここで注目すべきは、ただ彼らが自由の身になったことだけではありません。
天使は彼らに「逃げなさい」とは言わず、「行って神殿の境内に立ち、この命の言葉を残らず民衆に告げなさい」と命じたのです。
解放は、逃避のためではなく、使命のためでした。
神様が私たちの人生の扉を開いてくださる時、そこには必ず目的があります。
それは、私たちがただ安楽に過ごすためではなく、神から与えられた「新しい命」の輝きを、人々の真ん中で証しするためです。
天使が語った「この命の言葉」とは、単なる道徳や教えではありません。
それは、死んだような魂を生き返らせ、絶望を希望に変える力強い神の言葉です。
神様は、私たちがどのような状況にあっても、まず先に手を差し伸べ、閉ざされた状況を打ち破り、私たちを「語る者」「生きる者」として世に送り出してくださいます。
恐れや不安という牢獄から連れ出された私たちは、再び人々のただ中に立ち、愛と真理を語る器として用いられるのです。
今、あなたの心は何かに囚われてはいないでしょうか。
将来への不安、人間関係の悩み、あるいは自分の無力感という牢獄の中にいるかもしれません。
しかし、主は今日、あなたの心の扉を開き、「さあ、行って生きなさい」と背中を押しておられます。
私たちに与えられている「この命」とは、私たち自身の力で勝ち取ったものではありません。
それは、私たちのために十字架にかかり、死を打ち破って復活された方、そのご自身が「命」であられるお方によるものです。
さあ、扉は開かれました。
私たちに真の自由と、永遠に尽きない命を与えてくださる方。
今日もイエス様を見上げ、共に歩み出しましょう。
お祈りいたします。
天の父なる神様。
私たちの心の扉を開き、真の自由へと招いてくださり感謝します。
恐れを捨ててここから歩み出し、あなたから頂いた「命の言葉」を人々に届けることができますように。
主イエス・キリストの御名によりお祈りいたします。
アーメン。











