「力と知恵としてのイエス・キリスト」コリント人への手紙 第一 1章24節 ローズンゲン日々の聖句

「力と知恵としてのイエス・キリスト」

2025.12.27 伝道師 青木宗達

新約聖書 コリント人への手紙 第一 1章24節
ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。
(協会共同訳)

わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

今日の「ローズンゲン日々の聖句」より与えられました御言葉は【新約聖書 コリント人への手紙 第一 1章24節】です。

パウロは、当時の人々が拠り所としていた価値観をよく理解していました。
しるしや奇跡を求めるユダヤ人、知恵や理論を重んじるギリシア人。
立場も文化も異なる彼らにとって、十字架のキリストは受け入れがたいものでした。
しかしパウロは、その違いを超えて語ります。
神様がご自身で呼び集めた者にとって、キリストこそが「神の力」であり、「神の知恵」なのだ、と。

ここで注目したいのは、「召された者」という言葉です。
人が努力して到達した結果ではなく、神様の側からの働きかけによって、私たちはキリストと出会わされました。
しかもその出会いは、一度きりの出来事ではありません。
日々の生活の中で、神様は繰り返し私たちを呼び、整え、歩みへと導いてくださいます。

私たちの信仰生活もまた、弱さや迷いと無縁ではありません。
理屈では理解できない出来事、祈っても答えが見えない時があります。
それでも、神様は私たちを見放されず、キリストを通して働き続けておられます。
人の弱さのただ中でこそ、神の力が現れ、神の知恵が私たちを支えるのです。

この神様の力と知恵は、抽象的な概念ではありません。
私たちと同じ地上を歩み、苦しみを担い、十字架にかかられたお方として示されました。
だからこそ、私たちは自分の現実を抱えたまま、神様のもとへと近づくことができます。

今日も、神様は私たち一人ひとりを呼び、御子を通して新しい歩みへと招いておられます。
その招きに応える道は、神様の力であり、知恵であるイエス様に、信頼して身を委ねることなのです。

お祈りいたします。
天の父なる神様。
私たちを招き、御子イエス様を通して、力と知恵を与えてくださることを感謝します。
弱さや迷いの中にあっても、イエス様に信頼し、日々の歩みを委ねることができますように。
主イエス様の御名によってお祈りいたします。
アーメン。