「弱っている方に寄り添う愛」テモテへの手紙一 5章3節 ローズンゲン日々の聖句

「弱っている方に寄り添う愛」

2025.12.9 伝道師 青木宗達

新約聖書 テモテへの手紙一 5章3節

身寄りのないやもめを大事にしてあげなさい。
(新共同訳)

わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

今日の「ローズンゲン日々の聖句」より与えられました御言葉は【新約聖書 テモテへの手紙一 5章3節】です。

パウロは若いテモテに向けて、教会がどのように互いを支え合う共同体であるべきかを教えています。
五章全体には、弱さの中にある人、家庭の支えを得られない人を、教会が温かく受け止めるということの使命が語られています。

ここで言う「やもめ」とは、古代社会では夫を亡くし、生活の基盤を失いやすかった女性を指しました。
社会保障がほとんどなかった時代、孤立しやすい立場に置かれた方々です。
現代で言えば、配偶者を亡くされた方だけでなく、家族の支えを失った方、孤独や経済的・精神的な弱さを抱える方々が重なります。
聖書は、そのような人々に心を向けることを教えています。

パウロは、弱さを抱える人がまず身近な関係の中で支えられることの大切さを語っています。
しかし、それが叶わない状況にある方も少なくありません。
家庭の形は人それぞれであり、必ずしも家族が支えられるとは限りません。
だからこそパウロは、支えを受けられない人に対して、教会が温かく寄り添うよう勧めています。
誰も一人で苦しみを抱えずに済むように、教会が“第二の家族”として愛を分かち合う。
これが神の家族としての歩むべき姿です。

とはいえ、私たちは多忙さや心の余裕のなさのため、人の痛みを見落としてしまう弱さを抱えています。
弱さは誰にでもあり、その中で神様は私たちを責めることなく、再び隣人へと心を開くように整えてくださいます。

イエス様は、この地上で最も弱い者にまなざしを向けて歩まれました。
孤独な者に近づき、見捨てられた者に語りかけ、痛む人に手を差し伸べられました。
私たちが弱さの中にある人を大切にするのは、単に善行を積むためではありません。
主イエスご自身の歩みに与り、その愛に倣って生きるためです。

今日、私たちの周りにも「声を上げられないやもめ」のような方々がいます。
孤独を抱える人、支えを失った人、助けを求めながら静かに教会の門をくぐる人。
その一人ひとりに気づくまなざしを、日々、祈り願いたいものであります。

教会が神の家族としての温かさを取り戻し、弱さを抱える人を包む場所となるとき、そこに主イエス・キリストの姿が、私たちを通して現れます。
今日の御言葉が、私たちを再びイエス様の愛の歩みに引き戻してくださいますように。

お祈りいたします。
天の父なる神様。
どうか、弱さの中にある人へそっと心を向ける優しさをお与えください。
あなたの愛が教会の中に静かに満ち、だれも一人で歩むことのないようお導きください。
主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。

那須ステンドグラス美術館にて。