「どのような時も主をたたえよう」
2026.3.26 伝道師 青木宗達
新約聖書 詩編 34編2節
私はどのような時も主をたたえよう。私の口には絶え間なく主の賛美がある。
(協会共同訳)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
詩編34編は、ダビデが命の危険に晒され、敵の前で正気を失ったふりをしてまで逃げ延びたという、人生のどん底とも言える危機の中で称えられたものです。
この場面は、サムエル記(上)21章が、その背景ですから、併せて読むと深く味わうことができます。
ダビデは、物事が上手くいっている順調な時ではなく、恐れと不安の中にある時にも「私はどのような時も主をたたえよう」と告白しました。
賛美とは、特別な場所や日曜日の礼拝の時だけのものではありません。
それは私たちの「呼吸」のようなものだと思うのです。
たとえば、大好きな曲が心の中でずっとBGMとして流れている感覚に近いかもしれません。
満員電車に揺られている時も、キッチンで溜まった洗い物をしている時も、ふとした瞬間に「神様、ありがとうございます」と心でつぶやきます。
そんな、日常のささやかな瞬間にこそ、絶え間ない賛美は生まれます。
私自身、この御言葉を日々の生活の中で常に、心から唱えて生きたいと強く願っています。
なぜなら、その先には私の大好きな9節のみことば
「味わい、見よ、主の恵み深さを。いかに幸いなことか、御もとに身を寄せる人は。」(新共同訳)
という最高の喜びが待っているからです。
神様の愛は、単に頭で理解するものではなく、毎日の生活の中で実際に「味わって」実感するものなのです。
私たちがどんな暗闇の中にいても、十字架の愛で私たちを救い、死に打ち勝たれたイエス様が、今日もすぐそばを歩んでくださっています。
イエス様という最も温かく確かな「御もと」に身を寄せる時、私たちの心には深い平安が広がり、口からは自然と賛美がこぼれ落ちるのです。
今日という一日、三位一体なる神様を賛美しながら、喜び過ごしたいと思います。
一言お祈りいたします。
天の父なる神様。
どんな時もあなたを見上げ、イエス様の恵みを、日々の生活で豊かに味わうことができますように。
わたしたちの毎日の呼吸が、あなたへの絶え間ない賛美となりますように、喜びを常にお与えください。
主イエス・キリストの御名により、お祈りいたします。
アーメン。
【参考文献】
・高橋秀典『詩篇』(JTJ宣教神学校)
・島田哲也『詩歌と霊性』(JTJ宣教神学校)
・『新共同訳旧約聖書略解』(日本基督教団出版局)
・『ジョン・ウェスレー説教53』(イムマヌエル綜合伝道団)
・『聖書辞典』(日本基督教団出版局)







