「イエス・キリストの権能」ヨハネによる福音書 17章1-2節 ローズンゲン日々の聖句

「イエス・キリストの権能」

2026.3.17 伝道師 青木宗達

新約聖書 ヨハネによる福音書 17章1-2節
イエスはこれらのことを話してから、天を見上げて言われた。父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すために、子に栄光を現してください。あなたは、すべての人を支配する権能を子にお与えになったからです。こうして、子が、あなたから賜ったすべての者に、永遠の命を与えることができるのです。
(協会共同訳)

 わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

 弟子たちへの愛に満ちた最後のお別れの言葉、「決別説教」を語り終えられたイエス様は、直ちに祈り始められました。
当時の人々にとって一般的な祈りの姿勢であった「天を見上げて」祈るそのお姿には、父なる神様への揺るぎない信頼と、深い親密さが溢れています。
この箇所は「イエスの祈り」として知られていますが、まさに地上での歩みの総決算と言える壮大な祈りです。

 「父よ、時が来ました。子に栄光を現してください。」

 当時のユダヤ社会はローマ帝国の厳しい支配下にあり、人々は圧倒的な力で自分たちを解放してくれる政治的な王を求めていました。
しかし、イエス様がここで言われる「栄光」とは、武力や権力のことではありません。ご自身の命を投げ出して人々の罪を贖う「十字架」と、死に打ち勝つ「復活」を指しているのです!
十字架の苦しみを通してすべての人を愛し抜き、救い出すこと。
これこそが、神様がイエス様に与えられた真の「権能」でした。

 私自身、この御言葉に向き合うたびに、胸が熱くなるのを覚えます。
イエス様の権能は、私たちを支配して押さえつけるためのものではなく、一人残らず愛し抜くために使われたからです。
神様の温かい恵みは、私たちが神様を知るずっと前から、すでに私たちを包み込んでいます。
イエス様が十字架で示されたこの深い愛に触れるとき、私たちは「永遠の命」、すなわち神様と共に生かされる豊かな命を、今この瞬間から喜びをもって歩み始めることができるのです。

 私たちのために命を懸け、今もなお、天で私たちのために「執り成しの祈り」を続けてくださるイエス様に、今日の歩みをお委ねしていきたいと思います。

お祈りいたします。
天の父なる神様。
イエス様の十字架と復活による大きな愛と恵みを感謝いたします。
どうか今日一日、私たちが、与えられた永遠の命を喜び生きることができますように導いてください。
この祈りを、主イエス・キリストの御名により御前にお捧げいたします。
アーメン。