「イエスは父に至る道」
2026.3.7 伝道師 青木宗達
新約聖書 ヨハネによる福音書 14章9節
イエスは言われた。「私を見る者は、父を見ることになるのだ。」
(ドイツ語聖書)
わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。
今日の与えられました聖書の箇所、ヨハネによる福音書 14章9節ですが、ぜひ!「ヨハネによる福音書14章1〜14節」を、ワンセットとして深く味わいたい箇所です。
イエス様の弟子「空気の読めない現実主義者トマス」と「計算高く頭の回転が速いフィリポ」がイエス様とのやりとりを展開します。
その様相は、現実的な私たちに似ていて、感情移入、自己投影してしまいます。
さて、協会共同訳聖書では、ここに「イエスは父に至る道」という小見出しがつけられています。
舞台はイエス様が十字架に架けられる前夜。
当時のユダヤは強大なローマ帝国の支配下にあり、人々は重い税金や抑圧の中で苦しんでいました。
弟子たちはイエス様にこそ現状打破を期待していましたが、イエス様は突然の別れを告げます。
頼るべき柱を失う不安の中で、トマスは「主よ、どこへ行かれるのか分かりません」となげき、フィリポは「私たちに父をお示しください」と目に見える確かな保証を求めてすがりました。
彼らの痛いほどの戸惑いは、決して他人事ではありませんでした。
私自身も、人生の壁にぶつかり先が見えなくなった時、つい「神様、証拠を見せてください!」と叫びたくなる弱さを持っているからです。
そんな彼ら、そして私たちに、イエス様は力強く語りかけます。
「私を見る者は、父を見ることになるのだ」。
わたしたちは、たびたびの苦難の中で「遠くにいる厳格な神様」を想像しがちかもしれません。
しかし、痛む者に寄り添い、共に涙を流して愛し抜くイエス様のお姿こそが、神様ご自身なのです。
この14章は聖書中で最も愛されている章であり、私たちが人生の「死の陰の谷」に近づくにつれて、より身近になる恵みの言葉であります。
イエス様は、私たちを花嫁として迎えるため、天の住まいを備えてくださっています。
同時に、花嫁である私たちにも備えが必要です。
神の家にふさわしい者となるため、私たちは集められ、育てられ、日々、信仰により造り変えられていくのです。
神様は私たちを独りにはしません。
このあと、15節から「約束の聖霊」を遣わし、日々の生活の中で私たちを訓練し、慰め、確かな家路へと導いてくださいます。
今日、自分の不安や弱さから目を離し、「生きた道」であるイエス様だけを真っ直ぐに見上げていきたいと思います。
そのあふれる恵みに繋がり、聖霊の風を感じながら、共に歩みを進めていきましょう。
お祈りいたします。
天の父なる神様。
不安で道が見えなくなる時、私を愛し抜いてくださったイエス様を真っ直ぐに見つめることができますように。今日も約束の聖霊の導きに身を委ねます。
この祈りを、主イエス・キリストの御名により御前にお捧げいたします。
アーメン。












