「祈り続ける」ルカによる福音書18章7-8節 ローズンゲン日々の聖句

「祈り続ける」

2026.2.27 伝道師 青木宗達

新約聖書 ルカによる福音書18章7-8節
まして神は、昼も夜も叫び求める選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでも放っておかれることがあろうか。言っておくが、神は速やかに裁いてくださる。
(協会共同訳聖書)

 わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

 ルカによる福音書18章には、協会共同訳で「やもめと裁判官の例え」と呼ばれる小見出しがついています。
これを現代語訳のリビングバイブルは「祈り続けなさい」という見出しで、私たちの心に響く言葉でこう訳しています。

  主は続けて言われました。「このように、悪徳裁判官でさえ音を上げてしまうのなら、まして神は、昼も夜もひたすら訴え続ける信者たちを、必ず正しく取り扱ってくださるのです。そうは思いませんか。神はすぐにでも答えてくださるのです。ただ問題は、メシヤのわたしが帰って来る時、いったいどれだけの人が信仰を持って祈り続けているかです。」
(いのちのことば社リビングバイブル ルカの福音書18:6~8)

 私たちは日々、理不尽な壁にぶつかります。
職場の不当な扱いや、先の見えない家族の病気、介護の疲れの中で、「もう誰も助けてくれない」と深い孤独を感じることがあります。
私自身もかつて、解決の見えない重荷を抱え、いくら祈っても神様の沈黙しか感じられず、「なぜですか!」と暗闇で涙を流した夜がありました。
祈る気力さえ奪われるようなあの痛切な思いは、今も胸に刻まれています。
しかし、私たちが信じる神様は、しぶしぶ願いを聞くようなお方ではありません。
私たちが苦しみの中で声を上げるずっと前から、私たちを愛し、共に痛み、最善へと導く準備をしてくださっているのです。

 イエス様はこの例えの最後に、「問題は、メシヤのわたしが帰って来る時、いったいどれだけの人が信仰を持って祈り続けているかです」と問いかけられました。

 十字架の絶望的な苦しみを通って復活されたイエス様は、私たちの痛みを誰よりも深く理解してくださるお方です。

 祈っても無駄だと落胆しそうな時こそ、わたしたちのために命さえ惜しまなかった主を見上げたいと思います。
わたしたちの小さなうめきは、決してむなしく消えるわけではありません。
今日もこのイエス様に全てゆだね、信頼して、期待して、共に祈り続けていきましょう。

一言お祈りいたします。
天の父なる神様。
祈る気力さえ失いそうな時も、あなたが共にいて最善へと導いてくださることを信じます。
今日も、あなたに全てを委ねて祈り続けることができますように聖霊を満たしてください。
この祈りをイエス様の御名によってお捧げいたします。
アーメン。