「重荷ではない神の戒め」ヨハネの手紙一 5章3節 ローズンゲン日々の聖句

「重荷ではない神の戒め」

2026.3.1 伝道師 青木宗達

新約聖書 ヨハネの手紙一 5章3節
神の戒めを守ること、これが神を愛することだからです。その戒めは難しいものではありません。
(協会共同訳)

 わたしたちの父なる神と、主イエス・キリストからの恵みと平安が、あなたがたにありますように。

ヨハネの手紙は、誤った教えから信徒を守り、イエス・キリストが肉をとって来られた事実と「神は愛である」という真理を伝える書です。
神の愛に留まり、互いに愛し合う実践を力強くメッセージしています。
この手紙の中でヨハネは「神の戒めを守ることは神を愛すること」であり、驚くべきことに「その戒めは難しいものではない」と語ります。

 しかし、なぜ、戒めを守ることは「難しいものではない」のでしょうか。
ここで私自身の体験を、お話ししたいと思います。

 私が、まだクリスチャンになりたてで信仰が浅かった頃です。
実はこの言葉に強いプレッシャーを感じていました。
「立派に戒めを守らなければならない」
「自分には到底できないのではないか?」
そして、自分の力で頑張ろうとしてプレッシャーを背負ったのです。
しかし、日々の信仰の歩みの中で神様の恵みを深く知るにつれ、この言葉は涙が出るほどの喜びに変わりました。
それは、自分の努力で必死に守るのではなく、神様の豊かな愛が私の心を満たし、内側を新しくしてくださったからです。
神様の愛に触れたとき、意識して「守ろう」と力まなくても、自然と心からにじみ出るように、神様を愛し、隣人を愛する信仰の確証が与えられたのです。

 神様の戒めとは、私たちを縛り付ける規則ではなく、神様の限りない愛に対する「自然な応答」です。
「クリスチャンとして正しく生きなければ!」とプレッシャーを感じているなら、どうか安心してください。
まずは、わたしたちに注がれている神様の無条件の愛にただ心をゆだね、そして祈ることからはじめたいと思います。
私たちが神様を愛する前に、神様がまず私たちを愛してくだいました。
その愛によって心が満たされ、内側から変えられるとき、私たちの内から「神様を喜ばせたい」「人を愛したい」という思いが、聖霊の働きにより、自然に湧き上がってくるのです。
これが信仰においての聖化です。

 自分の力ではなく、神様の恵みによって生かされること。すべてを信じて祈り、ゆだねること。
共に神様を信頼し、信仰を確かにして歩んでまいりたいと思います。

一言お祈りいたします。
天の父なる神様。
どうかあなたの豊かな愛で、私たちの心をあふれるほどに満たしてください。
自分の力ではなく、聖霊の導きにより、喜びをもってあなたと隣人を愛して歩むことができますように。
主イエスキリストの御名により祈ります。
アーメン。